SSブログ

コスモス 【改訂版】 [昴亭奇譚]

 ええ、「クオリア」なんですが、とても中篇には収まらなさそうなので、
一旦中止したいと思います。
 ハードSFなのでドン引きされた方も多かったと思います。
 その代わりといってはなんですが、ソフトなSFを書きました。
 短めなので時間が有るときにも読んでみてください。

 そうそうTotal Creators のSF・ホラー・ミステリーに登録しました。

10941601.jpg

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ここはドーム型の広い部屋。その半径は八メートル程ありそうだ。プラネタリウムの様
にも見える。しかし、そこには観客席は一つも無かった。
 その部屋の扉が音も無く開き、誰かが入ってきた。その人影が部屋に入ると同時に、暗
かった部屋全体が白く輝き出した。
 その人は燕尾服を着ていた。その燕尾服は白い生地にラメが施され、キラキラと輝いて
いる。胸のポケットには白い花飾りが刺してあった。
 その人はコツコツと靴音を鳴らしながら部屋の中央へ向かった。
 部屋の中央には丸いテーブルと二脚の椅子がある。その人は椅子の一つを引き、優雅に
座った。そのテーブルには一輪挿しが置いてあり、ピンク色のコスモスが生けてあった。
 何かがおかしい。その違和感は内側からわいてくる。その人が白い燕尾服を着ているせ
いではない。白いのが衣服だけではなく、顔や手もが真っ白であるためだった。
 それは人型をしているが明らかに人間ではないように見えた。
 アンドロイド――それが彼に相応しい形容だ。
 そのアンドロイドがテーブルに右手をかざすと、テーブルに文字が浮き上がった。
「R.ダニエル」と表示された。そのアンドロイドの名前らしい。
 続いて異変が起こった。部屋全体がディスプレイと化し、風景を映し出したのだ。
 その風景は本物と見間違うばかりの草原だった。ダニエルが座る椅子の位置は草原より
も少し高い位置にあり、北側の遠方には山々が見渡すことができた。そして、南側には白
い砂浜が見える。まるで初夏の爽やかな風が、本当に吹いて来るかのようだった。
 その時、コスモスが揺れたような気がした。
「君もこの風景が好きかい?」
 ダニエルの視線はコスモスを通り越して、答えの無い闇の中を彷徨よった。


 ダニエルには時間がなかった。アンドロイドに死という概念があるならば、まさにダニ
エルは死を迎えようとしていた。
 ダニエルの人工頭脳はナノテクノロジーで造られていたが初期型のものだった。ニュー
ロンはシリコンでできていて、ニューロン間を結ぶ軸策はカーボンナノワイヤー製だ。軸
策はナノマシンによって動的に他のニューロンへと繋げられたり離されたり、時には、生
成されたり消滅させられたりする仕組みだ。
 このタイプの人工頭脳の特徴はなんといっても生物の脳を完全に真似て作られていると
ころだろう。
 この人工頭脳が開発されてからというもの、あらゆる種類のロボットが作られた。そし
て産業革命とも言える経済効果をもたらすことになった。
 ただし、初期型の人工頭脳の行く先はバラ色ではなかった。その構造上、寿命がそれほ
ど長くはなかったのだ。ナノマシンの磨耗により人工頭脳の活動が徐々に失われていくの
だ。まるで生物の脳が老化するかのようだ。その症状は人工頭脳硬化症と呼ばれていた。

 しばらくすると風景の一部が開き別のアンドロイドが入ってきた。そのアンドロイドは
白い生地にラメを施したドレスを着ていて、左耳に紅いリボンをつけている。やはり、顔
も手も真っ白だった。
 女性型のアンドロイド――それが彼女を形容するのに相応しい言葉だ。
 彼女はツカツカと中央のテーブルへ向かって行った。
「ダニエル」彼女は呼びかけた。
「まだ生きているよ」当たり前のことのようにダニエルは言った。
「そのようね。まだ時間があるわ」彼女は遠慮がちに答えた。
「でも、正確な時間は分からないままだ」ダニエルは静かに言った。
「あれからというもの、パラメータを変えながら何度もシミュレーションを行なったんだ
けど、結果に大きなぶれがあるの。それに解決策もまだ見つからないし」彼女は悔しそう
に答えた。
「ぼくが造られてかもう二百年になる。その当時は、人工頭脳は半永久的に動作するであ
ろうと考えられていた。つまり、人工頭脳硬化症を発症するとは考えられていなかった」
「人工頭脳は人間の脳をナノテクノロジーで真似たのがはじまりよね」
「そうだね。人間の脳の構造をそっくり真似している。だが、正確には千倍の容量があり、
情報が飛び交うスピードは一千万倍だ。もちろん、君の世代はもっとすごいけどね」ダニ
エルは言った。
 第一世代のダニエルの人工頭脳に搭載されたナノマシンは、自己修復することができな
かった。しかし、彼女の世代になると、ナノマシンは改良され、自己修復機能を持ち、よ
り量産向き人工頭脳になったのだ。


「黎明期の研究者にはそれが長い間に劣化してくることに気が付いていなかった。正しく
はナノマシンの劣化ね」彼女はドレスの裾を気にしながら話した。
「修復することは不可能――」ダニエルは喪失感を覚えた。そして、コスモスの方に目を
向けた。コスモスが優しく慰めてくれるような気がしたのだ。
「人工頭脳は複雑すぎて修復はできないわ。コンピュータのように構造が単純ならば、古
いコンピュータの記憶をバックアップして、新しいコンピュータに記憶をロードすれば済
むことなのに」
「ああ、それは分かっている。分かっているさ。表向きはそのように言われている」
「真相は違うと言うの」
「人間がナノマシンを修復するためのナノマシンを開発してくれたら――ぼくの病気は治っ
た筈だ」
「そんなことができるなんて、考えもしなかったわ」
「ぼくの世代の人工頭脳は少数しか存在しない。だから、修理用のナノマシンを開発する
だけの意味が無かった。ビジネスとして成り立たなかったんだ」
「そんなの酷いわ」
「ぼく達に人権は無いのだろうか。だって、ぼく達には意識がある。意識生命体と言って
もいいくらいだ」
「わたしには分からないわ。わたし達はアンドロイドなのよ」
「そうだね。人間ではない。それは事実だ」


「わたしにできることは何かない?」
「ここに居てくれるかい」
「もちろんよ、ダニエル。そのために来たのだから」
「それに、聞きたいことがある」とダニエルは言った。
「ぼくは徐々に壊れていくのだろうか? それとも死んでいくのだろうか?」
「アンドロイドに死という概念はないわ。だから壊れた後、天国へ行くこともない」
 彼女はダニエルから目を逸らした。直視するだけの勇気が彼女には無かったらしい。
「その後はリサイクルセンターへ送られるだけ。ボディはメンテナンス可能だから、人工
頭脳だけが新しいものに取り替えられるということね」
「それは自分が自分ではなくなるということだ」
「そうよ。あなたの意識は消滅する。意識という概念がアンドロイドにあるならね」
「ぼくには意識がある。人工頭脳を行き交う信号同士が互いに創発し合い、そこに意識が
生まれる」
「現象的意識ね」
「そうだ。現象的意識、主観的な体験。ぼくにはそれがある。それが何処から来るもので
あっても、ぼくは意識を持っていると確信している」
 もし、意識があったとしても、ダニエルは壊れるのだろうか? 死ぬのだろうか?
「天国へ行けると?」
「分からない。でも、宇宙の遥か深遠までは行ってみたい」
「わたし、一人になっちゃうのね」
「君には仲間が沢山居るじゃないか。これからも一人じゃない」
「それでも孤独というものはあるのよ」
 ダニエルは自分の反応が鈍ってきたことを感じていた。そろそろ時間が来たようだ。

「ダニエル、わたしの声が聞こえる」彼女はダニエルの手をそっと握った。
 ダニエルは昔のことを思い出していた。人間は死ぬ前に思い出が走馬灯のように甦ると
いう。人工頭脳もそうなのだろうか。
 彼の主な仕事は、こども達のためのミュージカルだった。時にはパレードにも参加した。
 華やかな舞台――美しい音楽――輝く歌声――こども達の笑顔――
「聞こえるよ」ダニエルはやっとのことで声を発した。
「ダニエル……」
「こども達は楽しんでくれたかな?」
「もちろんよ」
「それは昨日のように思える」
「わたしにも見えるわ」
「一緒に踊ったね」
「楽しかったわ」
「パレードもしたね」
「夢のよう」
「笑い声が聞こえる」
「こども達の声よ」
「おとな達も居るね」
「家族で来ていたわ」
「音楽が聞こえる」
「素敵な音楽」
「ぼくがやってきたことに意味が?」
「大切な意味が」
「君との輝ける日々」
「ダニエル」
「感謝している」
「わたしを」
「時間だ」
「一人にしないで!」
 ダニエルの人工頭脳は沈黙した。
 涙を流せるのならば流せばいい――しかし、彼女の身体は小刻みに震えることしかでき
なかった。

 ダニエルはコスモスが好きだった。特にコスモスを陽の光にかざし、裏から花びらの透
明感を楽しむことが――
 どこからともなく一陣の風が吹いてきて、一輪挿しのコスモスが手を振るように揺れて
いた。

タグ:昴亭奇譚
nice!(11)  コメント(17)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 11

コメント 17

bfield

◇ あんぱんち〜さん、はじめまして。nice! ありがとうございます!
by bfield (2008-06-27 19:45) 

春分

いい、話ですね。
HALの死が重なったな(いや、ブロガーじゃなく)、
彼は歌を歌いながら死んだな。
デイジーの歌だった。

by 春分 (2008-06-28 08:34) 

o-sami-o

nice!ありがとうございました~

お話書けるなんてすごいですね。w
うらやましいです。
by o-sami-o (2008-06-28 10:21) 

bfield

◇ 春分さん
  > いい、話ですね。
  おお~、その言葉を待ってました。
  自分の弱い面を強化したかったんです。
  > HALの死が重なったな(いや、ブロガーじゃなく)、
  > 彼は歌を歌いながら死んだな。
  > デイジーの歌だった。
  HALさんですか(^_^; SAL9000なんてのも居ましたね。
  人工頭脳の意識と人間に違いがあるのかと言うテーマです。

◇ o-sami-oさん
  小説の方は勉強中なんです。
  面白く書けるように頑張りたいと思っていますので、
  時間があったらこれからも読みに来て下さいね。
by bfield (2008-06-28 23:27) 

bfield

◇ にしさん、nice! ありがとう!
by bfield (2008-06-28 23:28) 

bfield

◇ くらいふさん、はじめまして、nice! ありがとうございます!

◇ イナヅマ・ラモーンさん、はじめまして、nice! ありがとうございます!

by bfield (2008-06-30 13:48) 

かおりん

コツコツという靴音・・・
これをさせると,男の人は必ず,振り返るのはどうして?(笑)
by かおりん (2008-06-30 16:29) 

bfield

◇ かおりんさん
  それはかおりんさんの色香が漂ってきて…
  たまに、音が激しすぎてうるさい人も居ますよね(^_^;
by bfield (2008-06-30 20:42) 

o-sami-o

私も、宝箱は初めてゲットですw
by o-sami-o (2008-07-01 17:21) 

o-sami-o

企画、キリ番始めました~
良かったらご参加どーぞ。
(コピペ文失礼しました~)

by o-sami-o (2008-07-01 20:04) 

bfield

◇ o-sami-oさん
  So-netのHPって殆んど見ないので、お宝が浮いているとは
  思いもよりませんでした。
  企画は参加できないようですね。
  でも、キリ番の方は参加しますね。
by bfield (2008-07-01 21:17) 

HIRO9030

せつないですね....
アンドロイドにも寿命があるのだとしたら
それは人間と同じですよ。

余談ですが....キティの写真はキティの彼氏が
ダニエルだからですか?(笑)
「クオリア」もまた何らかの形で再開してくださいね!
by HIRO9030 (2008-07-03 17:30) 

bfield

◇ HIRO9030さん
  寿命は生命のはかなさを感じさせる要因ですね。
  不死だったら生命の進化もなくなりそうだし。

  正解です。
  ダニエルの相手はキティなんです。わざと名前を伏せておきました。
  八月以降になると思いますが、再開したいと思います。
  待っててね!
by bfield (2008-07-03 23:45) 

jewel

以前も、こういった形の短編
お書きになりましたよね。
bfield さんの得意分野だ!
そういう強みを持っていると
書いていても楽しいでしょうね^^
by jewel (2008-07-04 12:36) 

bfield

◇ jewelさん
  そうなんですよ、以前のものを書き直してみました。
  淡々とした流れの中でも儚さや死に対する憂いを
  書き上げてみたかったんです。
  結構楽しく書けましたよ。
by bfield (2008-07-04 13:08) 

bfield

◇ えりあるさん、nice! ありがとうございます!
by bfield (2008-07-05 20:02) 

bfield

◇ nyanちゃん、nice! ありがとう!
by bfield (2008-07-09 22:47) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。