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クオリア 【5】 マーロウ杯 [昴亭奇譚]

 またまたルナ・バギーの登場です。
 難しいシーンはそれなりに神経を使って、疲れることがあります。
 でも、このような動きのあるシーンを書いていると、
 自分でも楽しいことに気が付きました。

 そして、今回は大きな展開があります。どうなることやら……
 
DSC_2927.JPG

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    5  マーロウ杯


 丁度この時間は地球光が鮮やかに目に映る。
 月がモノクロームの世界と言うのは嘘だな――その分、地球が美しく観えるようになっ
ているんだ。
 柴崎はガロア総合科学研究所の北側でスタート時間を待っていた。
 新型ルナ・バギーはとても上手く設計されていた。テスト走行では時速百キロメートル
を楽に超えている。まずまずの成果だ。これもクオリア――いや、レイチェルと言わなけ
ればならないかな――のお陰だ。
 後はライバルの出方を見るしかないが、ここまで来たら作戦変更はできない。戦略の勝
負は既についていると言っても過言ではあるまい。
 柴崎には新型ルナ・バギーを使いこなす自信があった。設計してくれたクオリアを信頼
しているからだろうか。
 今回の懸賞品は柴崎にとって特に素晴らしいものだった。国際人工意識科学学会の会長
でもあるレイモンド・マーロウ博士が、地球からのお土産として白ワインのシャブリを持っ
てきてくれたのだ。マーロウはクオリアを地球で案内してくれた人物でもある。
 その懸賞品に因んで、今回のレースを「マーロウ杯」と名付けることに参加メンバーは
賛成した。


 スタート地点はガロア総合科学研究所の北側である。そこから反時計回りにデカルト岩
を周る。デカルト岩が中間地点で、そのまま南側のゴールへ向かうのが全体のコースであ
る。
 前回のトータル・タイムは約五十五分だった。今回はもっとタイムはもっと縮まるだろ
う。
 柴崎の用意ができると、美穂も新型ルナ・バギーでやって来た。そのLBの概観は前回
と殆んど見分けがつかないが、フル・アクティブ・サスペンションになっている筈だと柴
崎は思った。
「柴崎博士、気合が入っていますね」
「いや、いつも通り淡々としているよ」
「でも、ルナ・バギーの前に何か付いていますよ。それに、サスペンションがノーマルと
違っているように見えますけど」
「気のせいじゃないか。君の方こそ磨きが掛かったようだね」
「そんなことありませんわ」
 美穂の笑い声が聞こえてきそうだった。それに表情も見えないから本心を見抜くことも
難しい。
 二人が牽制し合っていると、北村のルナ・バギーが現れた。
「お待たせしました!」いつものように元気な北村の声が聞こえた。
 柴崎と美穂は絶句した。北村のマシンは六輪車だったのだ。
「どうしたの、二人とも?」
「う~む、北村の辞書に『紳士協定』と言う言葉は無いようだな」柴崎は感慨深げに言っ
た。クオリアとの会話を思い出していたのだ。
「まったくです」美穂が賛同した。
「そろそろ時間だよ」今回のレースにはファインマンが立会人を買って出ていた。それに、
特別ゲストとしてマーロウも観戦している。
「ルナ・バギーのレースを観るのは初めてなんですよ。どんなレースになるのか楽しみに
しているよ」マーロウの声だった。

 北村はクオリアの回線に切り替えた。「クオリア、見えているか?」
「よく見えるわよ、俊之さん。やっぱり山瀬さんのLBはフルね。北村さんのLBは六輪
車だけど、ローバーと言った方がいいかしら――サスペンションがスポーツ走行用に改造
された形跡はないわ。インホイール・モータがどうなっているのか見たいところだけど」
「残念だが、こちらからも暗くてよく見えないな」

 スタート時間は来た。ここからは戦略レベルの戦いではなくなっていた。
 三人がスタート地点に着くと、暫くしてからファインマンが合図を送った。
「スタート!」
 三人のLBは一斉にスタートした。
 スタート・ダッシュでは柴崎と美穂のLBが先行した。しかし、さすがに北村の六輪車
バギーはすぐに距離を縮めて来た。
 柴崎と美穂にとっては、中間地点の「デカルト岩」まで逃げ切れるかが問題だった。そ
こまで先に到達すれば、そのままゴールできる可能性は高い。
「速過ぎるぞ、二人とも!」北村が叫んだ。彼の思惑通りには行かなかったようだ。
 柴崎と美穂のLBは、中速域での加速力では北村の六輪車に劣るものの、高速域での伸
びが素晴らしかった。デカルト岩までは完全に勝利したと見ていいだろう。
 柴崎のLBはデカルト岩まで二十三分で到達した。今までの最高記録である。すぐ後に
美穂のLBがつけている。
「柴崎博士、まだ勝負はついてないわよ!」美穂が自信有り気な声を上げた。
 たしかに、マシンの性能差が少なければ、勝敗の分かれ目はそれを操作する人間によっ
て決まる。このレースではどうなのだろう。いや、このまま逃げ切ろう。柴崎は今更なが
らに覚悟を決めた。
「この勝負は貰った!」柴崎が宣言した。ライバルにプレッシャーを与えるためだ。
 しかし、柴崎のLBはスローダウンし始めた。すぐに回線を切り替えた。
「クオリア、何が起こっている」
「モータの熱が異常に高くなっているわ。熱放射が上手くいってないようね」
「どうしたらいい?」
「一旦スピードを六十キロ位まで落として、モータを冷やしてから、ゴールまでダッシュ
よ。私が合図するわ」
「頼んだぞ!」ゴールできればモータが焼き切れても構わない。
 柴崎のLBがスローダウンしているうちに美穂のLBがするすると前へ躍り出た。
「どうしたんですか? 先に行くわよ」
 柴崎は何も言えなかった。ここは我慢するしかない。
 そこへ北村のLBが早くも近づいて来た。
「どうしました。ウサギさん」
「君が来るのを待っていたんだよ。ここからが勝負だ」
「それはそれは――柴崎博士は紳士ですね」
「もちろんだよ」
 だが、予想外に三人のLBの差は縮まらないで、接戦になった。
 今度は美穂のLBもスローダウンしたのだ。やはり、放熱の問題だろう。
 その時、玄武岩のジャンプ台がすぐそこに見えていた。


 その時、ファインマンの声が聞こえた。
「レースは今すぐ中止だ」
「どうしたんだ」北村が応えた。
「太陽嵐の警報が出ている。数分で月面まで到達する筈だ」ファインマンは叫んだ。

「ゴールまでもう少しなのに、中止だなんて!」美穂が抗議した。
 美穂としては二連覇が掛かっているのだ。
「それでも止めるべきだ」再びファインマンは言った。
 柴崎はどうすべきか迷っていた。LBのモータはオーバーロードしているので、二度と
使えないだろう。再戦には、部品調達の時間が必要だから、二週間はかかる筈だ。
 それにしても何故なんだ。太陽嵐の警報ならば一時間前に分かっている筈なのに。
「こちらの注意不足だった。今すぐにレースを中止してくれ」ファインマンが再び警告し
た。
 いつものファインマンの口調と違うことに、全員が只ならぬ警戒心を抱いた。
「クオリア、どうしたらいい」
「選択の余地は無いわ。すぐに止めて下さい、俊之さん」クオリアは願うように言った。
 柴崎は観念して、スローダウンした。
「来たぞ」ファインマンの声が聞こえた。
 その時である。美穂のLBが急にスピードアップした。
「どうした、美穂」北村が叫んだ。
「分からない。制御できないわ」
 美穂のLBはジャンプ台へと向かっていた。ジャンプ台はすぐそこに迫っていたのだ。
「美穂、制御できないのなら飛び降りろ!」北村の悲痛な叫びが聞こえた。
 一瞬遅かった。美穂のLBは垂直にジャンプしてしまった。


 美穂はLBのハンドルを離さなかったので、LBの下に宙吊り状態になった。
 このようなモータ・スポーツで事故が起こった場合、マシンから身体を離すことが重要
である。そうしないと、マシン自体に身体が潰される可能性があるからだ。
 美穂とLBは放物線を描かず、そのままゆっくりと落下してきた。そして、月の重力は
容赦ない。やがて、巻き上げられた砂塵の中に美穂とLBは吸い込まれていった。
「美穂!離れろ」北村の声だ。
 美穂とLBは同じ方向へ落下している。最悪の事故が予想された。
 柴崎はすぐに砂塵の横にLBを寄せた。
「美穂! 大丈夫か」柴崎は自分のLBから降りながら叫んだ。
 美穂のマイクから衝撃音が伝わってきた。着地したらしい。いや、月面との衝突音かも
しれない? それともLBが――
「何が起こっているんだ!」ファインマンの声が聞こえた。
 美穂のマイクからはそれ以上の音は伝わってこなかった。月面ではこのような時、状況
が掴めないのが困る。
 柴崎は落下地点へと走った。砂塵で前はよく見えない。
「美穂が居た!」柴崎は叫んだ。しかし、なんと言うことだろうか。美穂のヘルメットは
潰されていた。LBの直撃を食らったらしい。柴崎と美穂の間に、LBが横転していた。
「大変だ。すぐ救助をしなければ、ヘルメットが潰れている!」柴崎は叫んだ。
 それと同時に、美穂のLBから火花らしきものが見えた。
 次の瞬間、横転したLBの蓄電池が大爆発を起こした。
 柴崎は意識を失った。

タグ:昴亭奇譚
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コメント 7

bfield

◇ xml_xslさん、まいど!
by bfield (2008-06-27 19:41) 

春分

なるほど、直後の展開はわかります。
そして、タイレルじゃなく、タイヨーですか。不思議な重なりとブレと。
by 春分 (2008-06-28 08:27) 

bfield

◇ 春分さん
  話をもっと面白くするために、改稿しようと考えています。
  そうなると、完全に長編なので、この先のスケジュールが
  見えてこなくなりました。申し訳ない。
  それにしても、タイヨーに反応するとは(笑)
by bfield (2008-06-28 23:18) 

rose-k

一旦中止なんですね!
月面旅行とか、小さなメカが体のなかで治療をするような研究も実際に行われていること(がん細胞をやっつけるものだったかな?)もあって、どことなく近い将来を感じさせるところが、まったく非現実的ではなく現実味のある夢をみているような感じで面白いと思います♪
ここまで読んで途中ちょっと難しいって思うところもあったけど、読むほどに夢中になっていきました。
続きを楽しみにしていますね(^▽^)/
by rose-k (2008-07-02 22:11) 

bfield

◇ rose-kさん
  ここまで読んでくれたんですね(T_T) 泣くこた~ないか。
  ええと、少し色気が出てきまして、質は低いなりに結構書けるじゃんとか(^_^;
  そこで構想を練り直して長編にしようと言う魂胆です。
  失敗への序曲か……
  リアリティがあったこと、夢中になったことなど、とても参考になりました。
  続きは必ず書きたいと思いますので、これに懲りずにまた読んでくださいね。時期は八月以降になると思います。
by bfield (2008-07-02 22:50) 

bfield

◇ HIRO9030さん、nice! ありがとう!
by bfield (2008-07-03 23:41) 

bfield

◇ nyanちゃん、nice! ありがとう!
by bfield (2008-07-05 20:07) 

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